ナニワ金融道場・意見交換BBS

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[232] 【 コロナ倒産急増、2カ月で50倍に 苦しい宿泊・飲食業 】→ https://www.asahi.com/articles/ASN4X4K7RN4XULFA00V.html?iref=comtop_list_biz_n06 名前:『ナニワ金融道場』管理運営委員会 (20/05/01-09:03)
《『資本主義』ってなんや》 君達の世界観の中にハッキリさせておきたいことは、今の日本の社会は『資本主義社会』であるということや。その構造は土台が貧乏人で、上にいくほど金持ちになっているピラミッド型や。それはどういうことかというと、金持ちになるほど優遇される仕組みになっていて『平等』なんて嘘っぱちや。

 制度というもんは、全てといっていいほど、貧乏人になるほどしんどくなるように作られとる。これが資本主義社会の『平等』という名のカラクリだということや。じゃあ、何故そういうことになっているのか……。それは大金持ち、つまり資本家がこの社会を支配しているからや。金持ちが自分達の都合のいいように色んな仕組みを作るのは当然や。

資本主義社会というと、資本家が労働者を働かせて、労働者が生み出す富を搾りとって成り立っとる。これを『搾取』というんや。この搾取があるからこそ、金持ちは益々、肥え太っていく。この基本のところが変わらん限り、労働者はどないなことをしても、いつまでも金持ちにはなれん。ここんところを君達も胆に命じておいて欲しい。このピラミッド型社会は、ドライで冷徹や。他人を顧みる必要がない競争社会を作り出している。他人を蹴落としても上に行かなきゃならん。それが今の世の中の幸せの条件ってことやな。

そこには大きな矛盾があるから、情けない話やが,内心では他人の不幸を喜ぶことになる。この社会が実際、君らをそういう「レール」に乗せてるんやからな。だから、タテマエだけで苛めとか差別とかなくそうと言うてても、これはなくならんということや。どんな労働者でも労働者は労働者だから、労働者はそれ以外に生きる道はないということやね。景気の良い時は、資本家は労働者にええ顔もすれば・甘い言葉もかけるが、しかしいったん不景気になってみぃ、血も涙もなくなるで……。

 そして不況の時に犠牲にされるのは労働者だけやない。下請けなんかをしている中小の企業、零細企業もそうや。大企業は安いカネで使って儲けておいて、いざとなったらポイ捨てするということや。張本人はいうまでもなく大金持ちの資本家やが、その資本家と結託し、資本家に甘い汁を吸わせてきた歴代の自民党政府=政治家・役人達や。こんな政治を半世紀以上も続けさせてきたのは、いつも選挙で自民党に、多くの国民が票を投じているからや。

その意味でも国民にも責任があると思うで。これも国民を無知状態にし続ける日本の教育の在り方が、君ら自身の首を締めることになっているのや。- 『青木雄二のジュニアのための『ゼニ学』講座1』ゼニの秘密教えたる / 青木雄二著 / 汐文社 ¥1400(税別)より抜粋 -

[231] 【 10万円給付、閣僚は受け取らず 自民の国会議員も調整 】→ https://www.asahi.com/articles/ASN4P020MN4NUTFK016.html?iref=comtop_list_pol_n07 名前:『ナニワ金融道場』管理運営委員会 (20/04/22-07:37)
人間は、ゼニを稼ぐために毎日働いて生きている。莫大な額のゼニを親から受け継いだ人間がいる。莫大な額のゼニを一代で稼ぎ出す人間がいる。逆になんらかの理由によって、莫大な借金をかかえこんでしまう人間がいる。人間は、毎日ゼニと闘って生きている。ゼニは人間にとって便利な道具である。ゼニがあれば、人間はなんでもできる。自分のどんな欲望でも叶える事が出来る。

僕は人間というのは、はなはだ胡散臭い生き物であると思っている。人間なんて巨大なゼニの力があれば、何をやりだすかわかったものではない。しかし、ゼニがなければ人間は悲惨である。人生は暗黒で、希望が持てず、自分で自分自身を卑下し侮蔑するようになる。好むと好まざるとに関わらず、人間はカネと関係を持たずに生きていくことは不可能である。この世の中のことは、全て経済が土台になっている。「愛」だって、実は経済を抜きにしては考えられない。やはり経済的な基礎がしっかりしていなければやっていけない。愛にだってお金は必要なのだ……。

僕が『ナニワ金融道』を描く気になったのは、大きな理由が二つある。ひとつは、ドストエフスキーの小説『罪と罰』への感動。もうひとつは、マルクスの『資本論』との出逢いである。マルクスが執念をかけて書き上げた『資本論』には、人間社会の歴史と真実とが、的確な筆で描き尽くされている。結論だけを言うと、つまり、現代はゼニの世の中だということや。僕はマルクスからそのことを学んだ。僕達現代人は、ゼニを基盤とする巨大で不可解なシステムに縛りつけられてしまっている。僕達の知らない間に、世の中の裏側はどんどん複雑怪奇に発達し、僕達の首を締めようとしている。コンピューターの発達は自然の流れであり、それ自体は世の中が便利になるのだから、いいことではある。

僕が許せないのは、もっとどんどんオープンにしていかなければならない問題だと思う。暴かれなければならない問題は、まだまだ一杯ある……。人間は狼にもなれれば、鬼にもなれる摩訶不思議で胡散臭い生き物である。そんな人間が作り上げたこの資本主義の社会も、じつに胡散臭い。そこのところを、しっかりと見極める目を持って、生きて行こうやないか。 -『ゼニの人間学』青木雄二著(KKロングセラーズ¥1165税別)より抜粋 -

[230] 【 仏教雑誌「大法輪」が休刊へ 1934年創刊の老舗 】→ https://www.asahi.com/articles/ASN484DBLN48UCVL005.html?iref=comtop_list_nat_n02 名前:『ナニワ金融道場』管理運営委員会 (20/04/08-16:37)
哲学というのは、今から三千年ぐらい前に発生したもので、ギリシア語で「フィロソフィア」という。「知恵への愛」と訳すんですね。これがもっとも古い「全体の科学」ですわ。これに対して「個別科学」というのがあり,これを自然科学と社会科学といいます。それで全体のことを哲学では「世界」といいます。世界とは地球上のありとあらゆる一切のもので、この「世界」というのは、物質と精神以外、何物もないということです。物質のことを「在るもの」といいます。精神のことを「思うこと」というように、日本語で訳せるわけです。ですから、哲学の根本問題は「在る」と「思う」の関係の問題になる訳です。

 哲学というのは考えて、考えて、考えぬいて、もうこれ以上は考えようのない最後の問題は何かということを突き止める学問です。ここで「在る」という事について定義させてもらいますと、今この机の上にあるこの缶入りのお茶は、在るもの。存在するものです。この黒板もあるものです。つまり現実に存在するものです。ところが目に見えるものだけが「在るもの」じゃないんですよ。目に見えないものにも「在るもの」はあるんです。

 例えば引力・空気・電気、それからX線。X線がなかったらレントゲン写真が撮れませんから、これも存在する「在るもの」です。
同じように社会は「在るもの」であります。この「在るもの」は「思うこと」によって、意識することによっていささかも変化しないし、形が変わったりもしない。それが「在る」ということです。

反対に「思うこと」というのは、例えば全ての神さま、釈迦、イエス・キリスト、日蓮、親鸞等、全ての神さんに「神さん、お願いします。この缶のお茶を1ミリでもいいから移動して下さい」と祈っても動いたりしない。これが「在るもの」であって、「思うこと」と分けて考えなければダメだということです。例えば「今年の秋、稲を豊作にして下さい」と祈って豊作になるのであれば、人間に労働は要らんということになります……。結核と言う病がありますね。この病気は人間の体内に結核菌が存在しとる為に起きる。これは人間の体内に「結核菌は在る」ということです。だから病気を治すには、この結核菌を人間の体内から取り除くか、薬で撲滅させないことには治らんのです。
 火を焚いて、鉢巻きして、祈祷師に祈ってもらったり、お百度参りをしたり、冷水をかけて祈ったりして治そうとしても絶対に直らないのは「在るもの」を「思うこと」で動かしたり、変化させたり出来ないのと同様です。ですから「思う」だけでは、絶対に治らない訳です。エイズでもガン細胞もそうです。ですから「在る」と「思う」とごっちゃにして物事を考えてはダメだと言う事なのです。 -『土壇場の人間学』青木雄二・宮崎学著/幻冬舎アウトロー文庫 ¥571(税別)より抜粋 -

[229] 小説【 ナニワの旋風児 】→ https://amzn.to/2YBun3E 名前:城藤聖光 (20/03/30-06:11)
★小説【 ナニワの旋風児 】 著者:城藤聖光 /出版:Kindle ストア

・私は過去に実の父親を殺す目的にナイフで延髄を刺したことがあります。
・私の母は日本人ですが、しかし父は韓国人にて 従って私は在日朝鮮人です。
・私には現在も二十年余に渡って不倫関係を続け何千万円に渡る金銭的支援を受けている女性がいます……。

から始まる大手出版社は放談社の人気コミック 誌『ミーニング』にて、そのタイトルも『浪速ゼニ王道』で1000万読者を有する大ヒット漫画家・赤木雄一と、その単なる一ファンでしかなかった藤城光聖との出逢いによって、それから巻き起こる様々な人間模様と、ある出版本をきっかけに反社会的・圧力団体からの容赦ない街宣攻撃による熾烈な闘争の末、赤木と藤城の生死を分つまでに至る壮絶な、フィクションながら、ノンフィクションよりもリアルなノンフィクションかと思える小説。そんな赤木雄一が残せし眩しい程の輝きと共に力強く、愛と自由に溢れたエネルギーの放射絶える事のない『浪速のマルクス』と呼ばれた男の疾風・怒濤の叫びを聞け!

[228] 【 102兆円の来年度予算成立 コロナ対策費含まず最高額 】→ https://www.asahi.com/articles/ASN3W51KDN3WUTFK01C.html?iref=comtop_8_01 名前:『ナニワ金融道場』管理運営委員会 (20/03/27-17:06)
《 食糧不足がやってくる! 》 2003年、政府は平成大不況から抜け出す手立てを打てず、庶民は増税などで苦しめられている。実はこの状況、終戦直後の混乱期と共通する部分がとても多いのだ……。昭和22年頃の成年者への主食の配給は、一日ざっと一食茶碗一杯。しかも、大豆、薩摩芋が米の代用として配給され、それさえも遅配、欠配するため、国民はブタ箱覚悟で買い出しに行くか、闇で入手する以外生きていく方法はありませんでした。このように、ハイパーインフレになれば、円は信用が無くなり外国は食糧を売りませんから、忽ち当時と同じ状況になる可能性をはらんでおりますぞ。

 太平洋戦争敗戦の災禍は、国中いたる所でその悲惨をもたらしました。都市に於ける食糧事情は惨憺たるもので『たけのこ生活』(着物と食糧を交換)と言う流行語が生まれたのもこの時代。やがて平成大不況も同じ道を辿る危険性が極めて高い、と私は睨んでおります。昭和25年。当時も現在と同じような大不況で、政府は4月1日よりの値上げを発表。前夜の3月31日は,どこの飲み屋も満員という皮肉な現象を呈しておりました。一番風当たりの弱いところから値上げをするのが、いつの世も支配者の常套手段。この不況はやがて万人に必要な物にまで及んでいくでしょう……。それにしてもこの国の国民は、昔も今も怒りませんなぁ〜。 -『激刊! 青木雄二「銭」2 男と女のゼニ模様』青木雄二著 / 主婦と生活社¥667(税別)より抜粋 -

[227] 【 マスク転売禁止、1円高くてもダメ 不足解消に効果は… 】→ https://www.asahi.com/articles/ASN3J55STN3FUPQJ00G.html?iref=comtop_8_08 名前:『ナニワ金融道場』管理運営委員会 (20/03/17-15:37)
《 ゼニ以外の人間として大切なものが全て破壊される 》「ブルジョアジーは、色とりどりの封建的な絆を無慈悲に引きちぎり、人と人の間に、ろこつな利害、無情な『金勘定』の他には、なんの絆をも残さなかった……。個人の品位を交換価値に解消し、特許状で許され、立派にかちえられた数々の特権を、ただひとつの非情な商業の自由と取り換えてしまった」-『共産党宣言』- 

現代は、普通「政治・経済」という順番で語られるけれど、ホンマは経済の方が先や。何故かというと、その社会がどういう経済体制で動いているかによって政治の形も変わってくるからや。今の世の中では、なんでもゼニや。どんなに悪どい奴でも、ゼニさえあれば、ラクして生きていける。反対にどんな善人でも、聖人君子でも、ゼニがなければ生きていけないのや。これは昔からそうだった訳ではない。工業化=資本主義が進むにつれて、そういった大切なものが、どんどん破壊され、ゼニだけに価値が集中してきたのや。
 この点について……「現金」による人間の絆の破壊が進んでいると、マルクスは言うのや。つまりゼニ以外に価値を持たない。ゼニの有る・無しが人間の価値を計る尺度となっている。だから、現代社会では人は皆ゼニに執着するわけや。これがゼニの社会、資本主義の姿や。マルクスは、150年前から資本主義社会のこのゼニ至上主義の悪弊がわかっていたわけや。それは、マルクスがものごとの本質をしっかりと捉えていたからに他ならない。 -『ナニワ金融道 ゼニの魔力』青木雄二著/ 講談社¥1400(税別)より抜粋 -

[226] 【 リスクゼロ志向が生む分断 新型肺炎対策、危うい国主導 】→ https://www.asahi.com/articles/ASN324VQ7N2XUCVL03N.html?iref=comtop_8_01 名前:『ナニワ金融道場』管理運営委員会 (20/03/02-19:29)
現在の、株の上がり・下がりに実態など無いのであって到底、健全な経済活動とは言えません。期待感が株価を動かすということ自体が、風説のデマでそんなもの信用したら痛い目にあいますから気をつけて下さい……。早い話し、良く考えてみて下さい。例えばトイレに入った時、気分が悪くなることがありますが、これは「気分が悪い」と思ったから不潔なトイレで在ったのか、はたまた汚れたトイレだったから気分が悪いと思われたのか……。当然、それは後者であります。つまり《意識より存在が先》なのであります。もし、思う事が存在より先であるのであれば「神様、株価を上げて下さい!」と神に祈れば上がるはずでありましょう。それが上がらないというのは観念論が誤りであり、唯物論が正しいということの証明となるのであります。 -『銭道 さすらい編』青木雄二著(小学館¥1200税別)より抜粋 -

[225] 【 新型コロナ、再感染か再燃か「極めて特異」な可能性 】→ https://www.asahi.com/articles/ASN2W5VXGN2WPLBJ008.html?iref=comtop_favorite_01 名前:『ナニワ金融道場』管理運営委員会 (20/02/28-17:01)
《 古いものは、必ず新しいものに変わっていく 》20世紀の後半になって、ボクらの世界は想像以上に変化している。人の移動もそのひとつだ。もっと遺伝学的にみると、人が急速に移動するようになって混ざり合い、その結果そのうち人類は海底どころか、月にコロニーを作って住むようになるだろう。ボクは科学の力を信じている。恐らく「核」の扱いにさえ気を付けたら、未々人類は発展していくと思う。楽天的といわれるかも知れないが、ボクはそういう人類が本能的に持っているバランス感覚に期待している。戦争とか核兵器とかは人類にとって、もう古い概念なんだ、とボクは思う。古いものは必ず消えていく。ガソリン自動車は必ず電気自動車にとって代わられる。自民党もきっと時代に負けていくと思うんや。

 ボクらの社会は貧富の差がない原始共産社会が出来て、そして農耕が始まって、貧富の差が生まれるようになると、王様が生まれて封建社会になった。その王様を倒して生まれたのが、今の資本主義社会だ。段々社会は発展して、世界のどの民族も、言葉や文化が違うのに、だいたい同じ道を辿っている。まだ未来は見えていない部分がたくさんあるけれど、一つだけ確かなことは、人間が次に作る社会は、今より良い社会じゃなければいけないということだ……。
 しかし、未々、戦争を始め、この社会にはたくさんの矛盾がある。それにはやはり「アカン!」と言わなければいけない。ボクは、この社会は遠い未来に「地球村」になっていくと想像する。そのとき「戦争」も消えてなくなるだろう。人間が種として生き残っていくには、そうならざるをえないんやないだろうか……。コミュニケーションが網の目のようにどんどん地球を覆って、その結果一つになるだろう。人類の活動の舞台が宇宙へ広がれば、地球人という自覚も生まれる。もっともっと民族間の文化的、人類学的混血も進むだろう。みんなが「身内」になるというのは、ボクは必ず来ると思うんや。 - ナニワ金融道『だまされたら.アカン!』青木雄二著 / 講談社 ¥838(税別)より抜粋 -

[224] 唯物論の歌(Materialism Song) → ★ https://www.youtube.com/watch?v=0meel9YNoZA 名前:伊藤清光(Keybow ) (20/02/17-12:14)
【 唯物論の歌】

[223] 【「パラサイト」、壁破る4冠 性別・人種…多様性反映 アカデミー賞 】→ https://www.asahi.com/articles/DA3S14360736.html?iref=pc_ss_date 名前:『ナニワ金融道場』管理運営委員会 (20/02/13-08:45)
資本主義社会というものは封建制社会と異なり、絶えずダイナミックに変化・流動していく社会です。競争に負けた側は滅び去り、昨日の大会社も明日は倒産、あるいは吸収合併と言う事がしょっちゅう起きております。時代の変化に着いていけなくなった業種はあっさりと滅び、新しい産業が立ち上がってきます……。例えば日本を代表する主要産業と自他共に認めてきた日産自動車が、今や膨大な借金でニッチもサッチも行かなくなり、フランスのルノーになんとかゼニを工面してもらって息をつき、会社を挙げて、カルロス・ゴーンの言いなりになっております。苛烈なゼニ儲け競争の中で、労働力を搾るだけ搾って儲けた会社は栄え、ヘタをうった会社は滅びる。これが資本主義の鉄則であります。資本というものは、大が小を吸収し、さらに肥大していくもので、競争に耐えて残ったヤツが、最後に一人勝ちしておいしい目にあえるのであります。しかし、その一人勝ちしたヤツがいつまでも続くかといえば、そうではありません。そのダイナミズムの中で、今までになかった新しい事を始めるちっこい会社が誕生・成長し、景気が盛り上がるのであります。それが資本というものを中心に動く資本主義社会の原則なのであります……。社会というものは生成・発展し弁証法的に展開していきます。いったん孵ったヒヨコはもう二度と卵に戻ることはありません。この弁証法的な歴史の流れを無理やり引き止めて、いつまでも同じ状態に止めておくことは出来ません。中身が既にヒヨコになってしまっているのですから、それは無理な相談なのです。「歴史は何もしない。何故なら人間が歴史を作るのであって、他の何かが作る訳ではないからだ。」-『 まんが 勝ち逃げ資本論 』青木雄二著/ 光文社¥829(税別)より抜粋 -

[222] 【 岸田政権」踏み込み不足?首相に配慮し「自縄自縛」】→ https://www.asahi.com/articles/ASN2361Y0N23UTFK00G.html? 名前:『ナニワ金融道場』管理運営委員会 (20/02/04-20:22)
『人間社会は動物園の猿山だ。力の強い奴がええ目を見る。まずそのことに目を向けなければ』人間の社会は動物園の猿山見とったら、一番ようわかる。今の日本の社会がこの通りなんですよ。ある労働組合の講演に行った時、講演の前の雑談で組合の奴が昨日、大蔵省へ貸し渋りをやめてくれ言う事を陳情に行ったというんですよ。「バカモン」言うて「やめとけ」ってわし言うたんです。体制を変えることの方が早いって。それが基本なんですよ。役人が善処します言っても、役所言葉では何もやらんと言う事です。世間が大蔵省潰そうゆうことは、日本を資本主義から社会主義に変えようゆうことを強く主張することなんや。そうなったらびびってまうから、大蔵省の役人だって少しは真面目になりますわ。そんなことも気が付かないのか。日本国民はこの程度ですよ。だから今、まさに猿山じゃないけど、力の強い奴がええ目して、弱い奴は下へ行くんです。
しかし、人間と猿とは違う。その理性をどう使うかが問題なんだ。自民党や会社のボスの言いなりになっても、決していいことがない。それどころか利用されているだけだと気付かない。ではどう生きたらいいのか……。本書はそういう世界観を知らない無知な若者の無手法ぶりが数多く収録されております。もし僕がマルクス・エンゲルスに出会っていなかったとしたならば、現在の僕は果たしてどうなっていたか。そのようなことを色々想像して読んで頂けたとしたならば、編集部の「絶対面白い」もあながちハズレたことにはなっていないのではないかと思っている次第であります。 -『ザ・青木雄二 ワシのアタマのなか全部みせたる!』青木雄二著 / マガジンハウス¥1000税別)より抜粋 -

[221] 謹賀新年 名前:『ナニワ金融道場』管理運営委員会 (20/01/02-18:44)
旧年中も『ナニワ金融道場』御世話になり大変有り難う御座居ました。本年も何卒どうぞよろしくお願い致します。

[220] ナニワの旋風児 →【 https://amzn.to/2YBun3E 】 名前:城藤聖光 (19/12/24-05:23)
浪速のマルクスと呼ばれた男の鮮烈なる列伝!
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[219] 【 浪速のマルクスと呼ばれた男の鮮烈なる列伝!】Kindle版 こちらからもアクセス出来るようになりました。→ https://amzn.to/2YBun3E 名前:城藤聖光 (19/12/12-00:48)
題:『ナニワの旋風児』(浪速のマルクスと呼ばれた男の鮮烈なる列伝!)

著者:城藤聖光

発売・閲覧:Kindle ストア
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[218] 【 浪速のマルクスと呼ばれた男の鮮烈なる列伝!】 Kindle版 → https://www.amazon.co.jp/dp/B081Y3HF46/ref=cm_sw_em_r_mt_awdo_Tf37DbR8F20XP 名前:城藤聖光 (19/12/10-20:02)
題:『ナニワの旋風児』 / 著者:城藤聖光 / 発売・閲覧:Kindle ストア
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[217] 【 マラソン騒動で見えたIOCの強権ぶり「不平等条約だ」】→ https://www.asahi.com/articles/ASMB00GWXMBZUTQP01S.html?iref=comtop_8_02 名前:『ナニワ金融道場』管理運営委員会 (19/11/01-15:43)
『時代が変わればゼニの流れも変わる』……。昔から「寄らば大樹の陰」というて、大きな会社の方が安定しているというイメージがあった。しかし、最近は名の通ったところも行き詰まったりしている。今まで安定しているように見えていたところが、軒並み危なくなっているのや。「これで人生勝ったも同然」と思ったようなところが、どんどんあかんようになっている……。銀行の破綻処理や不良債権処理のために、税金がとんでもない金額、湯水のようにばらまかれているのも腹が立つけど、ここは「大樹の陰」の話しや。なんで安定成長していたはずの大きな会社や銀行が、経営難に陥ったかということやな。それを招いたのは何か。根本的なガンは何かということなんや。いろんなシステムの悪いところが噴出している今やからこそ、そのあたりをよーく考えてみた方がええで。なんで色んな腐敗やシステムの欠陥が今、出てくるのかというと……。以前までなんとか取り繕っていたところが、ごまかしきれなくなってきた、ということがある。ゼニがまわらなくなるから、くっついていても、いつまでも利益がなければ「ゼニを払ったのになんや!」という時代になったということや。今すぐにゼニがもらえないのなら、約束違反や。名誉も政治力も関係ないという、ゼニ至上の資本主義の末期的症状やな。つまり「大樹」でも、実がならないのなら切り倒してしまうという強烈な理論が、これからの時代の主流になるということ。「寄らば大樹の陰」なんていうてると、一緒に切り倒されるか、倒れてきた「大樹」に叩き潰されるのや……。『労働者の上前をピンハネしているから企業は発展する』資本主義社会の中で「大樹」に見えるということは、その企業にゼニがたくさん出入りしているということだ。しかも、利益をどんどん設備とかに投資して、雪だるま式に利潤が増え、経営がよくなるような企業でないと、頼りにはならない。けど、これも逆にいうと企業が、いかに労働者から搾取している=上前をはねているかということでもある。労働者のひとりひとりに、それぞれが働いたぶんだけ賃金を支払ったら、経営者側には一銭も残らんのやからね。労働者が、自分が働いたことで生まれた利益の一部しか受け取っていないからこそ、企業が儲かり、その分で事業を拡大できるのや。小さな企業やったら、その儲けをみんなでボーナスとして分配しよう、とかみんなで使い道を決めよう、ということもできるけど「大樹」といえるような大きな企業では労働者には相談もなくすべてが決められてしまう。だから結局、労働者にとって安心な「大樹」というものは、大きければ大きいほど、労働者自体の存在が軽視されるものになっていくのや。 -『もっとしたたかに生きなアカン』青木雄二著(KKベストセラーズ¥1371税別)より抜粋 -

[216] 【(取材考記)横浜市のカジノ誘致 「負」の検証不十分、深まる分断 武井宏之 】→  https://www.asahi.com/articles/DA3S14186969.html?iref=pc_ss_date 名前:『ナニワ金融道場』管理運営委員会 (19/09/20-19:20)
《 志ん生とマルクスと唯物論と Vo.59 》「人間というものは、大変仲の良い人と気の会わない人があるものでして、気の会う人は、始めて逢った時にもう好きになりますな……、例えば電車の中なんぞで腰掛けている人と、立っている人とで気が合うと、どうもその人を腰掛けさせたくなるもんで「どうぞ、狭いけどどうぞ」「すいませんなぁ、どうもいいんですよ」「まぁ、おかけなさい。あなたお宅はどちら」なんてんで心やすくなっちゃったりなんかして……。かと思うと、いやにこの掛けさせたくねぇ奴がいたりして、そうすると片方でも嫌な野郎だとこう思う。「ちょっと、そこんとこ開けておくんな、ねぇ開けて!」「ダメだよ、一杯だよ」「一杯じゃねぇよ、もっと寄りゃあいいじゃねぇか」「何を、こりゃお前の電車か!」とまぁ、そういうような訳なものでありますから、気が合わないというものは仕方がないもので……。もっともご商売にもよりますけれどな」-古今亭志ん生『三軒長屋』より- → 「労働者は祖国を持たない。彼らがもたないものを、それから取り上げる事は出来ない。プロレタリアートは、まずもって政治支配を勝ち取って、民族的階級に自らを高め、自分自身を民族として組織しなければならないという点では、ブルジョアジーの意味とは全く違うとはいえ、プロレタリアート自身はやはり民族的である。(労働者階級は,まずその出発点から祖国とかナショナリズムにこだわらない)-『共産党宣言』より -

[215] 【 原爆症、終わらぬ認定訴訟 敗訴続いても却下続ける国 】→ https://www.asahi.com/articles/ASM787QGJM78PTIL03N.html?iref=comtop_8_02 名前:『ナニワ金融道場』管理運営委員会 (19/08/07-06:18)
人間の生活の基本は、まず食うこと・飲むこと・着ること・住むことや。つまり生きていく為に最低限必要なことやな。そして、稼ぐということは労働するってことや。君らが生活できるのも、君らのお父さんやお母さんがいろんな職業に就いて働いているからや。学校の先生かてそうや。ゼニをもらわんと生活できん。つまり、学校の先生も「お金」を土台にして成り立っている商売だということや。そんな学校に従事する先生は、都道府県や市町村の各教育委員会の元で仕事をし、その教育委員会は文部省の管轄にあるわな……。で、問題なんは、この指導には色んな規制、制約があるということや。先生方がその為に言いたいことも言えなかったり、言っておかなければならないことも言わなかったりすることがある。例えば「君が代」「日の丸」の国家、国旗問題や。これにきちんと答えられる先生がどれくらいいるかやな。先の大戦(第二次世界大戦)で、日本は武力で中国、朝鮮、フィリピンなど東南アジアの国々を侵略し、虐殺、略奪の限りをつくしたわな。そんとき、日本軍が「錦の御旗」にしたのが「日の丸」であり「君が代」だったわけや。国民はそうして侵略戦争にかりだされていったが、「君が代」「日の丸」はその時のシンボルだったということや。「戦争はやめたほうがええ」とか「天皇は神様とは違う、人間や」などと言おうものなら国賊としてすぐ逮捕や。拷問され、獄死した人達もいるんや……。「日の丸」「君が代」問題だけやない。学校の先生が避けて通っていることは他にもまだ一杯あると思う。これは本当におかしいことやと思うで。そこでわしが、なんといっても第一に言いたいことは、学校の先生は「この社会がまずどういう社会かっていうこと」を、君ら生徒にハッキリと教えていかなアカンということや。「経済学」の基本もそこにあるんや。- 『青木雄二のジュニアのための『ゼニ学』講座1』ゼニの秘密教えたる / 青木雄二著 / 汐文社 ¥1400(税別)より抜粋 -

[214] 【 首相「怒るなら同じ党名で」「民主党の枝野さん」発言 】→ https://www.asahi.com/articles/ASM7951C2M79UTFK01F.html?iref=comtop_latestnews_01 名前:『ナニワ金融道場』管理運営委員会 (19/07/10-08:24)
《 「政治に無関心」なんてとんでもないことやで 》そこそこ生活できるからええ、なんて勘違いもええとこや。選挙に行かんやつはアホやで……。テレビや新聞、雑誌の取材で、若者が政治に無関心なのはどうしてなのか、と聞かれることがよくある。僕なりに答えを出すならば、やはり学校での教育がよくないのでしょう。支持政党がないから選挙に行かない、入れる人がいないから行かない。というヤツがよくいるが、ああいう考えのヤツがいること自体、選挙というものが何か、学校で教えられていない表れなのです。なぜなら「選挙で投票しなかったら、僕は関わっていない」といって、消費税をとられずに済むかといったら、そんなことはない訳でして、投票してもしなくても生活は苦しくなるわけであります。ただし投票しなかったヤツは、反対意見に投票したヤツより責任が重い。それで自民党が勝ったとしたら、投票しなかったヤツが自民党を支持したのと同じことになるわけです。だから「何も変わらないから」と投票をサボるヤツは、白紙委任状を自民党にくれてやったようなもので、無謀で大胆な政治行動をとったことになるのであります。なにより政治に関心がない、などと言っていると、自分の首をしめることになるということがわかっておりません。態度を明らかにしていないということは、戦争になっても徴兵も人殺しも拒否する権利はもはやありません。そう言っても、選挙に行かなくてもきっと戦争は起こらないし、生活できるから、豊かだからええやないかというヤツもおるでしょう。だが、生活は果たして本当に豊かでしょうか……。そんなヤツは一握りもおらんでしょう。物質的にも精神的にも日本は豊かとはいえません。今、父親は遅くまで帰ってこないし、母親はパートに出ております。つまり生活は便利になっているように見えて、実はその便利を維持するために夫婦が過酷な労働を強いられているのであります。そういうことを考えてみないから、政治に無関心やなどと言っていられるんでしょうが、バカやとしか言いようがありません。-『 青木雄二の イテこましタレッ 』青木雄二著 / 講談社 ¥1200(税別)より抜粋 -

[213]  【「年金細り、バクチまで!」老後2千万円、専門家の指南 】→ https://www.asahi.com/articles/ASM6F721GM6FUTFL00H.html?iref=comtop_8_02 名前:『ナニワ金融道場』管理運営委員会 (19/06/15-14:53)
《 受給年齢は益々、引き上げられる。国を頼らずに生きていく覚悟を決めよ 》元々、国民年金は、年寄りがそこそこの年齢で死んでしまう事と、若い世代の人口が永遠に増加する事を前提として基本計画が作られている。つまり、高齢化社会になって若い世代が減り、年寄りが増加したなら、システムそのものが破綻しないはずはない。そんなことは制度が開始された昭和34年当時から予測できた事だった。当然ながら、こんな夢も希望もない制度は誰もあてにしないようになっていく。すると、誰も年金を払わないことになって、年金制度は自然消滅するでしょう。実は僕は国民年金は若い頃から払っていない。破綻するのが見えていた……というとカッコいいが、若い頃は水商売を転々とし、カネもなければ先のことなんか考えてはいなかった。お陰でまぁ、カネをドブに捨てるようなことにならずに済んだともいえますが……。こんな頼りにならない制度をアテにするくらいならば、自力で老後の対策を考えたほうがずっとマシ。それがボクの考えや。そしていずれボクのような考え方の人も増えていくことでしょう。健康保険や国民年金制度の今後の行く末は、ほとんどの国民が心配している。しかし、国家は多額の借金を背負い、もはや国民ひとりひとりの面倒を見るような余力は残っていないと見るべきです。-『 青木雄二の イテこましタレッ 』青木雄二著 / 講談社 ¥1200(税別)より抜粋 -

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